きんとうん

核兵器が生まれて70年、膨大な原水爆が幾多の国に設置されている、自らの命を縮めるために

2019年3月23日



 

己を窮地に追い込むための

そんな武器である。

敵対国に対して核兵器を

 

持つと言うことは核攻撃に対する

抑止力となるのだろうか?

持たざる国が所有しようとすれば

 

ニュージーランドでの銃乱射事件に対する政府の対策は半自動銃を無くす決断であった

 

拳に拳は当たり前の喧嘩だ。

それでも場合によっては

人は死ぬこともある。

 

何の因果関係もない人々を殺傷することの

果てしない悲しみは繰り返されてはならない。

やればやり返される。

 

報復の連鎖だ。

 

福島第一原発、スリーマイル、チェルノブイリ原発事故が核保有の恐ろしさの警鐘を鳴らしている

 

必要か不必要か、所有さえ人類にとって

許されざる暴挙である。

最も恐ろしいことは

 

核の誤認や盗難である。

インド・パキスタンが核軍拡競争を始めているようだ。

それは互いの破滅に他ならない。

 

先進国は【プルトニウム】の使用を放棄し始めている。

米国・ロシア・中国・フランス等が

核書く軍縮と言いながらも

 

依然として銃口を敵対国に向けている。

それを持つことや使うことで

どんなことが起きるのか。

 

北朝鮮の核搭載ミサイル発射実験の

解説として語られてきた。

場合によっては地上を破壊することなく

 

天空で炸裂するだけで

デジタル社会は飢饉のような状態以上の

安全な運送機器が誤動作をはじめる。

 

それは普通の生活を地獄に変えてしまう。

電気・水道・ガスに到る全てが誤動作をはじめる。

だからもう辞めよう。

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第一次世界大戦が異常な戦死者を出し、さんざん後悔したはずなのに第二次世界大戦で同じ惨禍を繰り返してしまった

 

過去の教訓を今こそ活かすべきではないか

もう一度、『武器よさらば』を読み返そう。

紛争を止める対話をしよう。

 

食べる物もなく、兵器を動かす燃料もなく、

兵器を作る金属もなかった日本の

嗚咽にも似た悲しい戦争を

 

そんなことを再び行ってはいけないんだ。

同じ悲しみや憎しみの渦の中に無数の人々を

引きずり込まないようにしなければならない。

 

ローマ法王があの少年と妹の白黒写真に涙するようなことがあってはならない

 

おおよそ馬鹿げたことを

行っている奴らが今もいる。

あの少年の現実を直視した

 

それでも泣くまいと

妹を火葬する順番を待つ姿を

底のない深い悲しみに耐える姿は

 

万人に何を思わせるのか。

こんなに悲しい、涙も涸れ果てるような

こんな思いをさせても良いのだろうか

 

その結果として例え戦争に勝てなくても

日本は経済大国に、そして

技術大国になることができた。

 

だからこそ戦争を画策する国々に、手を添えてつまらないから【やめろ】と言える平和援助国になって欲しい

 

憲法9条が良いか悪いかではない。

徒手空拳で紛争国に手を差し伸べて

【つまらないから】やめようよ

 

そう言える勇気と心を持つ国になって欲しい。

その人が良いか悪いかは別として

【世界は一家、人類は皆兄弟】

 

古い台詞だろうか?

 

いい加減、プルトニウムと縁を切って欲しい

そう思う僕でした。

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