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 自己紹介

 

大浦 愛治 (おおうら あいじ) 
昭和30年代生まれ
東京都出身
キッチンメーカーに6年勤務、主に長野県新潟県で
ルートセールスを経験する。その後、家業に就く
製菓メーカの協力社として景品の生産とお菓子の
包装を生業にしていた。

2011年退職、製菓食品包装機械の販売を始める。
それが契機となりウェブページ作成を始める。

持病:頚椎椎間板ヘルニア
体位によって両腕に耐えがたい痛みが出る。
一時は床屋も行けなかった。CTやMRIの検査
も痛みで出来なかった。専門医に手術しても
100人に2人は死亡する可能性がある。
一生涯痛みと付き合うように言われる。

好きなもの・好きなこと
自動車、お絵描き・写真・動画撮影
コーヒー・犬・PC・登山・読書

嫌いなもの・嫌いなこと
ホヤ・権威あるもの・強かった巨人
杉の木・PM2.5

酒とタバコ
酒は死ぬほど飲んだ。

本当に飲んだと思う。

 

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山本五十六の映画を見て彼も酒で失敗をしてある時期から飲まなくなった。

しかし、故郷の長岡に帰った時、級友と酒を飲むシーンがあった。

1升瓶2本とコップ二十個を女房に用意させ2人で一気に1杯づつ飲み干すのだ。

 

このシーンが頭にあって、男の飲み方見せてやる。

啖呵を切ってサントリーオールドをコップ4杯に入れ一気に飲んだ。

そのまま直ぐにトイレに行って吐いてくる予定がうっかり忘れて救急車に乗った。

その後、30歳の時に仕事を教えて頂き、その上全てを盗もうと呑兵衛と付き合って朝から晩まで飲んでいたら肝臓が悲鳴を上げた。

 

40度以上の熱が続き病院に行ったところ、そのまま動いてはならないと緊急入院。55日間、1升瓶みたいな点滴を1日3本打たれ続ける。

その後もしばらく飲んでいたが、ある日を境にして「酒に酔っている時間がもったいない。」と思い始めました。

そうしたら気が付いたら酒を飲むのを忘れてしまいました。

 

タバコは家に帰ると家内からタバコが帰ってきたと言われるほど体中臭っていました。

1度辞めたんですが(2年ほど)仕事で追い詰められてまた吸い始めてしまいました。

しかし、犬を飼うようになってもし万が一タバコの煙で癌になったらと思い始め辞めることを決意。

 

禁煙セラピーとニコレットで縁が切れました。

このブログに寄せる思い

兎に角、ウェブの発信力は益々拡大して行く。

スマートフォーンを持つことで人類は自分のブレインともう一つの巨大な記憶装置を身に付けた。

その無限に近い電子空間にもう年だからと言って発信をしないではいられない。

 

人は100年の寿命と若さを得た。

何時までも少年のように探究心を持って臨みたい。

そしてマイナスをプラスに変える思考回路を伝染させて行きたいと思う。

 

人は自分で出来ないと思った時に傍観者になる。

しかしハンディを持ちながらも挑戦者になればスポーツで金メダルを手にすることも出来る。

知識が全くのゼロであっても、やりたい、何とか傍観者ではなく自分がプレーヤーになるんだ。

 

そう自分の心に誓った時、夢が生まれ、溌剌とした時間が日々訪れるようになる。

それから勝つこともあるだろう。

しかし、負けることが断然に多いと思う。

 

それでもへこたれず挑み続けることに生きる価値がある。

 

そんな思いから全く興味の無かったブログやアドセンスに興味を持ち、
火星人の教本を読むような思いで多くの先人の文字を幾度となく解読しながらWordPressをちょっとは使えるように成った。

そしてアドセンスの審査も無事承認を得られました。

出来ないと思っていたことが出来るようになることの素晴らしさは人生最大の喜びです。

皆さんも、もし自分は読む立場で書き手にはなれないなどと思わずに書き手になって下さい。

そしてあなたの人生であなただけが知っていることを私たちに教えて下さい。

地球に65億人が暮らす時代ですが似たような人生があったとしても同じ人生は一つとしてないのです。

 

そのあなたのたった一つの人生を私たちに教えて下さい。

きっとドラマや映画を見るより波乱に富んだ面白い物語に出会うことが出来るでありましょう。

 

何があっても生きていれば三度のまんまとお天道様は付いて来る。

望まれず母に宿り、生まれ出て歓喜されたらしい。詳しい記憶は当然無い。

綿屋の5人兄弟の末弟として取り敢えず寝床と食事には困らなかった。

 

一族の浮沈には一切関係の無い存在として成長する。

工場と自宅が同じ敷地内であった。敷地は広くいろんな生き物に囲まれて育った。

朝は鶏が産んだ卵を取りに工場の裏に行く。

 

その隣に常磐線の高架があり盛り土からカブトムシの幼虫や
いろいろな昆虫が溢れていた。

そして、犬は兄弟のように存在した。

今も相棒は犬である。

猫は姉が捨て猫をみんな拾って来てしまう為、多い時で26匹いた。

生まれたての子と「駄目!」と言われながら一緒に寝てしまう。

朝、起きると寝返りを打った時に図らずも潰してしまった。

やり場のない悲しみが心を満たしていく。

多分、2匹は死なせてしまった。

兄や姉は中学から受験していて自分も父親からその洗礼を受けることを恐れていた。

運が良かったのか悪かったのかは解らない。

よく鉄砲撃ちにに連れて行ってくれた親父が10歳の時に他界した。

鳥たちを取りに行く為に猟犬がいた。

犬には何の落ち度もない。

そして自分が生きて行くために殺生を行うなら良いが

自分の楽しみで殺生をすると神様は厳しい判定を下すのだ。

随分前からそんな気持ちを持ている。

お陰で厳しい受験勉強からは逃れることがちょっと出来た。

まだまだ子供だったので父親がいないことの意味がよく解らなかった。

死の後に行われる儀式で最後に火葬される時ほど悲しいことはない。

その金庫のような扉が閉まってしまったらもう二度と親父の姿を見ることは出来ない。

深い意味は解らないまま涙が溢れて止まらなかった。

何かたき火の燃えかすをちりとりと手箒で集めていた。

最後はそれで終わりだ。

人は生きていてなんぼの世界だ。

 

親父の代わりに兄がいた

約10歳年の離れた兄が二人いた。

当然、自分たちがされたように容赦なく勉強をさせられた。

決して強要はされなかったが同い年の近所の子供と一緒に教わった。

僕は舟の船員にはならないのに時速5キロで流れる川を
時速15キロで進む舟があり20キロ上流に着くまで何分かかるか?

そんなことはどうでも良かった。

鶴と亀で計算して何の意味があるんだ。

全く違うことを考えていたので理解出来ている方がおかしい。

そして夕方から弁当を持って電車で塾にも行かされた。

ただ、頭の中で考えていることが全く別なことなので
教わっていることの1/3が頭に残れば良いほうだ。

興味とやる気があれば時間の無駄にはならない。

それでも小学校での成績は段々上がって行く。

この時代に本機で勉強をしていた奴がいた。

そいつは今どこで何をしているだろう。

それでも運良く海城中学に入学出来た。

嬉しくないと言えば嘘になる。

自分の力で入れた学校には強い愛着が湧く。

 

エスカレーターで高校まで行けた。(ラッキー!)

中学生時代は野球部、バスケットボール部と友人と共に体力を作った。

そいつがNHKの連続ドラマに子役で出ていた。

 

小柳ルミ子さんとTVに出演していたらしい。

全く興味は無かった。それでも瀬戸の花嫁などの流行歌は良く憶えている。

その友人は友達と遊ぶ時間が無いと言ってすっぱり芸能界と縁を切っていた。

 

中学生の時は夏になると千葉県館山に良く通った。

学校の寮も館山にあり海に心行くまで親しんだ。

この時に遠泳をさせられたり素潜りでタコを突いたりした。

 

2時間以上海の中を泳ぎ続け、砂浜に上がった時の感触。

重力が3倍になったように体は重たい。

一粒頂いたキャラメルは至高の味がした。

 

 

社会人になって

営業を6年経験して来ていたため、新規顧客開拓に邁進。

自社で包装機を購入する手法で新規包装企画を打ち出し
多くの菓子メーカーさんのお手伝いをさせて頂きました。

 

その功績が認められ、製菓菓子包装会社の代表取締役を
14年勤めました。

その後、下らん事情で退社。

 

その後、色々と苦労をするも独力でホームページを立ち上げ
問い合わせ頂いたお客様に産業機械を販売出来るようになった。

 

その間、賃貸経営のセールスや外壁塗装の飛び込みセールスも
経験する。ルートセールスから飛び込みセールスまで何でもOK
で営業は面白く楽しい仕事だと思えるようになった。

 

何より多くの人との出会いがある。

めちゃくちゃ怒る人もいるし、会ったその時から優しくしてくれる方もいる。

 

気が付けばウェブページを作るのが楽しくて今は趣味にまでなっている。

これから好きな山を登りながら高山植物などの写真を撮りたい。

そしてその写真を肴にウェブページを作って行きたい。

 

持病

脛骨が3つ曲がっている。

手足が痺れ、その痛みは焼けた鉄の長い串を刺されているほどの痛みであった。

ペインクリニックや接骨院等に通い何とか今日まで来た。

調布に有名な腰痛などの専門医がテレビで日帰り手術の番組に出ていました。

そこに行けと家内より言われ電話する。

その時で2年6ヶ月待ちだと言われるが仕方なく予約を入れた。

 

 

血流を良くすると痛みが消える。

首肩等をホカロンで暖めると痛みが消える。

血流が良くなり神経が骨に当たらなくなるからだ。

鍼灸院でまたペインクリニックでストレッチを毎日行うようアドバイスされる。

 

当時のような過激な痛みは相当なくなり、普通に生活出来るまでになった。

首の牽引を行うととても具合が良い。

しかし、続けることで更に悪化させてしまうらしい。

ペインクリニックと簡単に言うが首に注射針を刺し、神経に針を刺し打つわけだ。

 

 

 

 

投稿日:2018年1月17日 更新日:

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