きんとうん

戦争の痕跡が色濃く残る時期に戦争を知らずに生まれたんだ

2019年3月24日



 

上野には多くの傷痍軍人が

物乞いをしていた。

真っ白な服に身を包み

 

一様に手や足がなかった。

その姿が消え代わりに

坊さんの物乞いに代わった。

 

敗戦国に生まれ、きっと何不自由なく暮らしていたのが不思議に思える、そんな時代であった

 

テレビでは『漫画』より

『神風特攻隊』の物語が放映されていた。

その主人公は英雄であった。

 

誰が正しく、誰が悪いのか、

今も答えはわからない。

一つ言えることは

 

どんなに嫌なヤツでも

喧嘩はしてはいけない

と云うことだ。

 

それが現代になっても

暴虐渦巻く紛争地があることが

不思議でならない。

 

国や民族と云う

集合体があるから理不尽な

殺し合いが行われるのだ。

 

戦後10年過ぎたそんな雰囲気は不思議と自然が満ち溢れていた

 

普通なら覚えていない。

余りにも衝撃的過ぎた。

三河島事故であった。

 

どーんとものすごい衝撃音

大人たちが竹で作られた

梯子を登って行く。

 

しかし、ほんの束の間

血の気の引いた顔をして

戻ってきてしまう。

 

自宅がその事故現場の直ぐ近くで

町工場を両親が経営していた。

その従業員がかり出された。

 

酒を振る舞われ、バケツを持って

現場に向かわされた。

列車にひかれた人々の切断された

 

その部位を拾わされたわけだ。

大きな兄達は事故直後に現場に行ったきり

二度と事故現場に行こうとはしなかった。

 

僕は自宅の2階で身動き出来ずに

一人で恐怖に怯えていたと思う。

戦争は残虐であり凄惨でもある。

 

そんな無責任な殺戮が平和な時代に

発生していたと思うと隔世の

時代を感じてしまう。

 

その事故があった線路の土手では

カブトムシの幼虫が頻繁に見つけることが出来た。

夏も終わりに近づくと

 

家の周囲や線路の向こう側も

赤とんぼが無数に飛んでいた。

生き続けたいと思った人々の

 

そんな魂がトンボになって

一生懸命に訴えかけているような

そんな光景が今も目に焼きつている。

 

東京都内とは言え、周囲は生と死とが同居する、そんな過去を彷彿とする住環境であった

 

夏になれば食べ終わった

缶詰の底に穴を空け

90度の角度で持てるように

 

針金などで工夫をする。

そこに割り箸などで取っ手を付けるんだ。

中にロウソクを立ててね。

 

夏の夜はそれを手に持って

谷中の墓地に肝試しに行く。

それが演出ではなくて

 

本当に誰かが首をくくった

そんなロープが木の枝に残っている。

中には死に切れず刃物で

 

最期を遂げた人の大量の

血液がこびり付いていた。

今日のように死と生とが

 

一瞬で峻別されるかのような

時代ではなかった。

葬儀だって自宅で行っていた。

 

そんな時代からこの国は急激な経済成長を成し遂げてきたんだ

 

朝鮮戦争のお陰で

米国の兵站となり

たくさんのお金が

 

落されていった。

ほんのちょっと

直ぐ目の前の国で

 

300万人を超える命が失われていった。

そのお陰で経済成長が生まれたんだ。

そのことを決して忘れてはいけない。

 

太平洋戦争で300万人超の

日本人も亡くなった。

死ぬ必要のない理由で

 

命を謳歌することなく

亡くなっていった。

その代わりに赤とんぼが

 

夏の終わりを謳歌する。

そんな下町に生まれて育ったんですよ。

現代みたいにベルトコンベアに

 

乗ってしまったような人生が

果たして正しいかどうかは判らない。

自ら望んで死んでしまうことも

 

決して許されることではない。

まして平和な時間の流れの中で

突然、銃で撃たれるようなこと

 

そんなことがあってはいけないんだ。

生まれたらその時点から死ぬことを

覚悟するように教えられる侍に

 

なりたいとは思わない。

しかし、戦前と戦後の違いは

生まれたら幸せになる。

 

そして生を満喫し

十二分に納得して

死を迎えられるよう

 

そんな時代に成っているし

限りなく全ての人々が

そうであって欲しい。

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