歴史

幕末維新回天に生きた人々を思う

投稿日:2018年4月4日 更新日:



 

一人一人に思いを馳せる。

誰が主人公で誰が悪役なのか。

距離を置いて見つめてみますと

滑稽なほど一生懸命生きていて

文字を読みこんでいるだけなのに

そっと涙が溢れて来ます。

 

身分の違いや能力を超えて”いとおしい”生き様を見つめます

 

やっとの思いでこの世に生まれ

気が付けば朝から晩まで剣戟の練習だ。

その合間に勉学に励む。

 

どこに行き着きたかったのだろうか

 

徳川家茂も慶喜も滅び行く徳川の将軍なんぞやりたくはなかったはずだ。

強いて文句を言わせてもらえばクジラを取るために和親条約を結んだ。

今になってクジラを取るなと言うアングロサクソン

 

”金”がたくさんあるから欲に目のないやからから通商条約を無理強いされた。

そこで堪忍袋の緒が切れた。

天皇か将軍か?公武合体か?開国か攘夷か?

 

それこそその日その日の出来心。

とは言え大公儀は誰の目にも倒すことは出来ないことは当たり前。

西欧諸国と戦っても勝てる見込みはあるとは思えなかった。

 

おまんが一匹、死んだところで朝は来るし夜は来る。

それでも、俺一匹の命を、くれても権力構造を変えたい。

攘夷は屁理屈、関ヶ原の恨みを晴らしたい。

 

薩摩藩主 島津久光、長州藩 毛利敬親は大政奉還後

「俺は何時から征夷大将軍になるんだ。」?

滑稽を通り越して悲しく思う。

 

スポンサーリンク

 

 

 

 

何をどうしていくのか分かっていたものはどれ程いたか?

 

新選組も白虎隊も死闘の果てに何を夢見ていたんだろう。

池田屋で薩摩藩士同士で斬り合った。

その死の先に何を夢見ていたんだろうか。

 

欧米列強に対抗出来ない大公儀を転覆して

どうやって欧米諸国と戦うつもりでいたのか。

迷路をさまよいながら仕方なく切腹したもの達

 

薩摩、長州、土佐、水戸と連合して

立ち向かわなければことは成らない。

それでさへ頭数では圧倒的に少なかった。

 

倒幕とその後の指針を論理立てたもの達

その教えを実行し戦火の中に倒れていったもの達

権力構造を回転した後を築いたもの達

 

その終末戦で意味の無い死を避けて穏便に移行させたもの

そこにタイミング良く現れたのが龍馬だ。

倒幕のために薩長を結びつけ土佐藩も含めた訳じゃない。

 

世界でもっと大きいことをやろうと思って争い事を止めさせた。

そしてその後のことまでを示唆した龍馬である。

地球儀を見たことがある。

 

なんて小さい国なんだ。

こんなにでっかい世界って言うヤツを自分で感じてみたい。

 

ニュートラルな立場で見ていたから思考の柔軟性があった

 

龍馬がえらいとか

龍馬が凄いとか

そういうことではないのだ。

 

シュリーマンのようにおよそ創造も出来ないでっかい夢の実現のためにやったことなんだ。

しかし、結局は切られてしまった。

半平太も切腹させられた。

 

時代はどれ程、若者の血を欲したのか。

岡田以蔵だって人間だ。

絶対ににんげんんらしく生きたかった。

 

だから涙がこぼれるんだ。

カテゴリー

-歴史
-

Copyright© 趣味を副業にそして副業を本業に  あいじろぐ , 2019 All Rights Reserved.