幕末志士

坂本龍馬と岩崎弥太郎の世界観と三菱グループ

投稿日:2018年4月6日 更新日:



 

土佐の郷士である。

龍馬は弥太郎に魅力を見出していた。

弥太郎は嫌われ者なのだが龍馬にはとてつもない

魅力を感じていた。

二人とも尊皇佐幕などは夢の途中の仕事と思っていた。

 

舞台は世界で喧嘩すること、倒幕等は時間と命の無駄遣い

 

どうして土佐という風土に人材がいたのか

武士でも上士と郷士(地下浪人)の身分の違いが

郷士を発憤させた。

 

並の人間との価値感の大きな違い一つのことに専念出来る

 

弥太郎はやはり同じ長曾我部の流れを引く。

関ヶ原の西軍として負け組に属していた。

刀は腰にあっても農業に従事していた。

 

縁あって奥宮慥斎の従者として江戸へ行き、

昌平坂学問所教授安積艮斎の見山塾に入塾できた。

つまり学問とはなんぞやかを知っている。

 

江戸にいる時、父親が庄屋と喧嘩して投獄される。

その知らせを聞き、急ぎ土佐に帰りそして奉行所に訴える。

「不正を罷り通すがが奉行所かよ」と訴え、

 

壁に墨で「官は賄賂をもってなり、獄は愛憎によって決す」と大書した。

そのため投獄された。

この時、同じ獄中の商人から算術や商法を学んだ。

これが、後に商業の道に進む機縁となった。

 

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龍馬との関係と方法は違うが志の高さで互いに気になる中となる

 

龍馬とは遠い親戚になる。

龍馬の兄、権平から岩崎家の様子を見に行き見舞いに行ってくるように言われた。

そこで井口村まで行き初めて出会った。

 

その後、蟄居中であった吉田東洋の少林塾で後藤象二郎共々東洋に目をかけられる。

その東洋も参政に戻り咲きし、二人とも藩吏としおて東洋のもとで働く。

吉田東洋は極端な佐幕派であり、勤王攘夷を目指す武市半平太と合わず藩政は勤王から佐幕へと舵を切る。

 

倒幕と言う点以外は龍馬と同じ考えをもつ東洋だ。

大公儀を助け、大いに諸外国と交易をし充分に蒸気船や鉄砲、大砲を備え

外夷から公儀(日本)を守ると言う思想であった。

 

武市半平太は土佐藩を倒幕に向かわせる策を練っている。

どうしても東洋が邪魔になる。

そんなやり方が嫌な龍馬は土佐を捨て脱藩する。

 

武市は東洋を暗殺した。

 

弥太郎はその後、その手腕を見こまれた

弥太郎は土佐藩の金の工面をするようになる。

そして戦艦や武器を購入する。

商人としての才覚を大きく展開していく。

 

龍馬の海援隊もその考え方も龍馬に変わり実現していく。

九十九商会から三菱財閥を築いてゆく。

龍馬は龍馬で生前から弥太郎の能力を大きく買っていた。

 

そしてその必要以上に熱心な才覚を心の中で尊重していた。

不思議な中ではあるが弥太郎も自分は龍馬には勝てない。

ある意味、龍馬を心の中で認めていた。

 

船中八策、大政奉還、三菱財閥と後藤象二郎は維新後も

生きながらえ新政府に貢献していった。

龍馬と弥太郎は遠い親戚でもあり

 

世間では敵対しているような時期もあったが

お互いにその人としての価値を認め合っていたようです。

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