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三島由紀夫著『豊穣の海』第一巻「春の雪」映画は無用

映像にすると文章で書かれた物語が変形してしまう。

まず俳優がイメージを作り出してしまう。

そして画像では描写出来ないシーンが生じる。

それは人が本来持ち合わせている指先で知りうる感触。

これだけは映像では表現出来ない。

乳房という表現をとればいやらしさを感じるだろう。

しかしその感触は互いに極上の愛の深みに入り込みながら

許されない禁裡にどうしても入りこもうとする

恋人たちのはかない犯行を閉ざす天の拒絶。

はかなくもすぐに消え去る春の雪のごとく

愛を感じた瞬間にすべてが霧散する。

 

三島由紀夫氏最後の作品全4巻の1冊目

これ程言葉を美しく飾り立てる作品はない

 

読書に関して心に響く作品は何度も読み返す癖がある。

「春の雪」はその文中の言葉が心に焼き付くほどに読み込んだ。

到る場面で大正時代の装飾品を美しい言葉で表現している。

 

文字を読みながらも目の前に映像が繰り広げられる。

松枝清顕と聡子、二つ上の聡子が「きよ様」と呼ぶ。

互いに心の綾取りが難しく絡み合ってほどけない。

今朝、パソコンを立ち上げた時、液晶画面に雪の中の金閣寺が映し出されていた。

非人為的な景色の中に人為的な金閣寺が寒さを耐えるように存在していた。

頭に思い浮かんだのは三島由紀夫、そして豊穣の海「春の雪」であった。

 

映画は見ていない。文章から描き出される心の映像が好きだから

 

幼い頃から何故か二人は側にいることが多かった。(華族綾倉家に優雅を身に付ける為に預けられた。)

姉と弟ではない。何故女性が年上なのか?その設定ももどかしく物語のキーになる。

三島由紀夫はその文章を世間に出す際に何故か伊藤左千夫みたいな名前に憧れた。

 

本名は 平岡 公威と言う。十代にトーマス・マン、トニオクレーゲル、何故か伊藤左千夫

等も好んで読んらしい。「野菊の墓」は伊藤左千夫の小説。これも未だに読みながら涙が溢れる。

民子も幼い頃から何時も側にいたお姉さん。この恋も成就することなく消えて行く。

(北杜夫氏も何故かトニオ・クレーゲルが好きだった。?)

 

清顕は万巻の書を読み尽くした青年のような表情を見せる。全てを見透かしたような青年ぶりをする。

聡子はお姉さんぶって清顕を些細なことで子供扱いをする。その聡子の対応が自尊心を傷つける。

そんな幼なじみのようでもあり、悪戯っぽさを醸し出す聡子とのやり取りが疎ましく思える。

 

そんな世間とはかけ離れた環境で時間を重ねながら聡子も嫁がねばならない年齢に達して行く。

清顕は全てを知り尽くした顔をしながらも自分の心と女心が時の経過に弄ばれていることに気が付かない。

ある日、父親から呼ばれ聡子に縁談が来ているが意見はないかと聞かれるが姉の事のように聞き流してしまう。

 

その縁談は皇族との縁談である。一度決めたら断ることが出来ない。

ここに生じた華族に生まれ何でも思い通りになるはずがもう聡子を止めることは出来ない。

先に進むことの出来ないことを次第に自覚して行く。もう誰にも聡子を引き戻すことは出来ない。

 

もう今までのように聡子に会うことは出来ないことに気が付く時

 

清顕は今こそ自分が聡子を誰よりも深く愛していることに目が覚める。

ここに脇役ながら蓼科と言う女中が出て来る。

そして4巻を通し物語を見つめる本多繁邦と言う清顕の学友が蓼科と共に二人の隠れた逢瀬を画策し助ける。

 

蓼科は若い時、聡子の父親に夜な夜な通われた過去を持つ。

その蓼科にどんな思いがあったのか。

多面的な心を描きながら

 

禁断の深遠な、どんな困難をも厭わない愛の中に溶け込んで行く。

何をどうしようとも一つにはなれないけれどそれでも恋人達は深く溶け込んで一つになろうと藻掻きながら愛の喜びの深みに落ちていく。

そこには人間の決め事など何の価値もなく、そしてそれを踏み躙ることさえ厭わない痛烈な意志が働くのだ。

 

しかし何時かは終わりが訪れる。

最も好きなシーンは逢瀬の時間も限られた中、小雨交じる雪の夜、力車に二人で乗り束の間の出会いをする。

力車を引くその男に清顕は「車夫君、何処までも行ってくれ!」と行き先を告げる。

何とも出来ない気持ちを車夫に言ってもその声は悉く小さい。

 

このまま永遠に走り続けて欲しいと言う訳だ。

この辺りは案外、宮沢賢治のよたかの星からパクったようだ。

命の性だ。

聡子の妊娠をもって終止符が打たれる。

中絶をせざるを得なくなる。

その事実は両家に知れ渡る。

その後、聡子を松枝公の知り合いの医師によって堕胎する。

聡子はそのまま奈良の門跡寺院「月修寺」で髪を下ろし出家する。

洞院宮治典王殿下との婚姻は聡子の精神疾患を理由に取り下げを願い出た。

 

清顕の純情

今までの無理無体を神に許しを乞うが如く、奈良月修時を訪れる。

そこには聡子の永遠の拒絶が存在する。1度や2度通っても心は動くまい。

2月の寒い雪の降る中も押して月修寺へ向かう。風邪を引き高熱を発しながらも

月修寺に向かう。無理がたたり肺炎を拗らせ命を落とす。

三島由紀夫は戦後の日本文学会を代表する作家と言うならば、その文字の使い方や明治大正時代の貴族社会の品々に精通し、その美しさや潔さを表現する漢字や言葉使いが私の心に染みるものであり、漢字やひらがなを駆使した文章の素晴らしさがそう思わせるのだと思います。

そのままずっと読み続けていたいのだが、その先が書かれていない小説のなんと切ない思いを抱かさせるのか、そんな物語であります。

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