体が大きいので振りかざす竹刀はずっしりと重い。
面の隙間から光る眼光は相手を威圧する。
学術的な性格は全く無い。本を読んでいる姿はおかしいし似合わない。
しかしその分、他に特技がある。
興味のあることは一度聞けば耳が忘れない。
そんな男だ。
桂小五郎が初めて20歳の龍馬に会った。
幕末の剣戟には余り出てこない。
明治の木戸孝允である。
長州でも勉学に秀で剣術もその名をとどろかせていた。
龍馬が2度目の剣術修行で江戸に来た時だ。
2度目の黒船来航に備え各藩は海岸線の警備を命じられていた。
その中でも長州藩の防衛布陣が特に優れているとの噂があった。
どちらかと言えば暢気な土佐藩も今度ばかりは暢気にしていられない。
早速、江戸藩邸で家老山田哱右衛門から剣術で名が売れ出した龍馬に声がかかった。
長州藩の陣地を視察してこいとの命だ。
当然、他藩の受け持ち地区を視察することは御法度だ。
しかし丁度良い時に長州藩からその滞陣中の士気を鼓舞する為、剣術試合の申し出があった。
そこで龍馬にお呼びがかかった。
早速、長州藩の陣中に赴き剣術試合を行う。
しきりき長州藩士は一番の腕達者が不在であることを不利に思うているようだ。
帰りが遅いことを気にしていた。
圧倒的に強い龍馬が強い
結局、龍馬が初めから戦い始め、10名を全て負かした。
あとはおのおの10名が立会を行い試合は終わる。
龍馬の名前が他藩にまでとどろくのはこの試合からだ。
龍馬に使命があり、皆と途中で別れ横須賀に向かった。
途中、武士がいる。
何処の藩の何者かをたずねられる。
他藩の守備範囲を視察することは御法度である。
名前と藩命をしつこく聞かれる。
龍馬は答えない。「言えんな!」
瞬間、桂の剣が龍馬の頭上に殺到する。
龍馬は鞠のようになって1間、2間、3間と後退する。
桂の何太刀めかが龍馬の網小笠を1尺ばかり切り裂いた。
龍馬は防ぎを諦め、身を沈め居合にかまえる。
相手を見ていない。
相手の影が動いた瞬間、龍馬の剛刀が鞘を走り、風を撥ね上げた。
異様な手応えだ。
桂の刀が折れ宙を飛んでいる。
桂は直ぐに飛び退いて脇差を抜いた。
「待った」龍馬は手を上げた。
桂の刀が折れたと言うことは自分の刀にも異常がある。
兄に貰った大切な刀だ。
そこで剣戟が急に終わる。
「えらいことをした。」
「どうしたのか」桂の方が内心驚いている。
龍馬の得意芸が始まる
その口から出る言葉は人の意表を突く言葉なのだが詭弁のようで嘘ではない。
人を罠に掛ける言葉ではないのである。
その口から発せられる言葉は腹の中でしっかりと暖められた言葉なので、その一つ一つが確信に満ちた重みがある。
常識を破壊する言葉の群れが聞くものの心に整然として座ってゆく。
言い方を変えれば他の者の口から出た言葉であれば厭みにもなり、胡散臭げにも聞こえる。
龍馬の口から出て来る言葉の一つ一つがまるで艶やかな小動物が一匹一匹出て来るような不思議な魅力がある。
それでいて雄弁ではない。
全身でしゃべっているようななめらかなしゃべり口調ではない。
その上、土佐なまりなのだ。
だからついつい龍馬の言うことを信じて言われるがままになってしまう。
気が付けば勝手に話せないことも100年来の親友に話すようにしゃべってしまう。
そしてそれを聞いている龍馬が素直に小五郎の話を聞く。
一語一句心に刻むように聞いているのである。
そして心の底から「おまんは凄いの」「おまんはえらい男じゃ」「えらいもんじゃ」
と大まじめにに聞いている。
それも腹の底を揺さぶられるような感動で一つ一つうなずいている。
そして、ほんの一刻前に剣戟を演じた二人が手と手を握り会いお互いに感動して旧知の友以上に信頼し合っている。
まだ志士が殺しあいなどを起こす少し前の時代だ。
その身長と刀で名を広めながら江戸に集う優れた青年達はまだ目にはハッキリと見えないものに向かって夢中で進んでいる。
日本が抱えていた身分の違いやそこに現れた予想を遙かに超える異国の存在に何かをしないではいられない気持ちが沸騰し始めていた。