剣術は剣術
龍馬は龍馬
自分でも自分がどうなるか判っていない。
そろそろ嫁を娶れと言われる。
しかし、その口から出る言葉は「生涯一人でいたい。」
20歳、三浦半島の間道で桂小五郎と会った。
それ以来、燃えたぎる血を抑えかねる日々だ。
龍馬の剣術と性格、人を切れない刀
寛永七年、ペリー2度目の来港後
幕府は日米和親条約を米国と締結し黒船は香港に向かった。
誰もこれから国論を以て多くの若者が亡くなるとは思っていない。
そして、その前触れのような様子が現れ始めている。
なにもおかしいのは龍馬だけではない。
騒ぎはそれで収まったわけではない。
江戸では毎日微震が続き「地震」の噂があった。
また、攘夷論が多く語られるようになっている。
龍馬はそんなことには気も付かず剣術に打ち込んでいる。
江戸市中ではワイワイ天王、スタスタ芸人がいわゆる、門付け芸人が騒がしい。
こんな連中がはびこるのは世間に不安心理が働くからだ。
龍馬は誰が見ても格段に剣術の腕を上げている。
龍馬の血は騒げど今出来ることに全身全霊打ち込んでいる
もう既に千葉道場では龍馬の相手が出来るのは千葉重太郎だけになっている。
師匠千葉貞吉には解る。
貞吉は重太郎と龍馬に試合をさせる。
30本勝負だ。
いろいろとさな子が他のおなごに嫉妬するものだから兄と妹で龍馬を打ちのめそうと話しているところを貞吉に聞かれてしまった。
貞吉は言う「あの男は上辺だけではない、その奥の奥に、静まりかえったもう一人のあの男がいる。重太郎には見えまい。」
30本勝負は死力を尽くした戦いになる。
貞吉は龍馬が本人も気付かぬところで剣術のサトリの境地にいると察した。
どう責めるかを考えながら相手を倒す剣。
心がない、ひたすら無念無想で動く剣。
龍馬の場合、後者である。
翌日、千葉一門と弟子全員が集まった。
三間の間合いをとっていた。
重太郎は龍馬の竹刀が動く隙を見つけ、龍馬の剣を叩いた。
更に巻き上げ身にも見えぬ早さで怒濤のような突きを入れた。
と思った瞬間、重太郎の体は三間先に宙を舞った。
龍馬の突きが一瞬早く重太郎を宙に舞い上げていた。
それから29本目まで接戦を展開しながらも龍馬は負けた。
どちらの稽古着からも水を浴びたように汗がしたたった。
超一流の剣術使いであるが剣術師にはなり切れない龍馬だ
30本目、重太郎が下段の構えをとると龍馬はさっと剣先を上段に舞上げた。
その一瞬、重太郎は龍馬の小手が来ると思い剣先を右へ片寄せた。
龍馬の気配は面に来るかと思わせながらツキが殺到し重太郎は再び宙を舞った。
師匠始め皆、意味不明である。
龍馬の負けは負けである。
しかし、1番と30番目の突きは今までに見たこともない見事な突きであった。
負けた28番も決して手を抜いているようには見えない。
もしその28番を負けてやったとしたら負けた方が腕は数段上である。
龍馬の思いを代弁する。
いざ戦ってみると相手が弱くなった。
違う。
龍馬が強くなっていた。
これは負けてやろう。
龍馬には一途にカッとなるところがない。
これだけの腕前を持ちながら剣客には不向きな性格だ。
その場の勝負を競うことよりも、桶町の千葉を継ぐ重太郎の立場を考えてやるといった政治的に頭が働いてしまう。
そんな男である。
日野根道場から始まって桶町千葉道場
龍馬の剣術は頂点を極めた。