てんびんの詩

営業マンのバイブル『てんびんの詩』

投稿日:2018年1月21日 更新日:

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”てんびんの詩”をビデオで見て30年以上が過ぎて行った。

その時も涙を流しながら鑑賞した記憶がある。

”あきんど”の原点を教えてくれる映画である。

”あきんど””セールス””営業”と言うと別格な気がするが極一部の人を省きこれが出来ないと生きていけない。

多くの人に見て頂きたい”ストーリー”です。

 

 

「売り手よし、買い手よし、世間よし」

 

営業マン1年生

 

学生から社会人になって、そして始めて営業の道に入り込みました。

元気良く、溌剌として今までのようにやればどうにでもなると思っていた。

それが全く通用しない事に打ちのめされました。

 

そのビジネスは流し台や洗面化粧台、ステンレス浴槽のルートセールスです。

それもメーカーとしての営業活動です。

商社、全国問屋、地場問屋、小売りと卸をする販売店、純粋な販売店施工店、工務店、ユーザー等、全方位的に営業活動を行う。

訪問する販売店に入る度に打ちのめされる。

怖くて行く店の周囲を何度も何度も回って度胸を決めて訪問。

 

入るなり答えられない難問を吐き捨てられる。

これが出発点だつた。

これほど何処に行っても相手にされないのか。

 

特に始めに配属された地域はほんのちょっと前まで

地場問屋に全て任せて商売が行われていた地域だった。

勤めた会社は販売店への直販から伸びてきた会社であり急激に売り上げを伸ばしている時だった。

メッシュアンドローラー作戦と言って辺り構わず商社や全国問屋に口座を作り販路拡大を全国的に行っていました。

 

その作戦が最も遅れていた地域だった。

他メーカーの有力問屋へのアプローチが出来ていません。

そして本来はライバル問屋である会社へのアプローチを開始していた。

その商戦が始まり、その地区で全ての卸を任せていた問屋がそのやり方に立腹し水回り商品の取り扱いを止めた。

 

その混乱の最中にその地域に配属された訳です。

無秩序になった市場にそれこそ落下傘で舞い込んだ。

こんな表現がぴったりと来ます。

 

あらゆる意味で精神的に打ちのめされていました。

それでも何とか順応しようとただでさえ時間のない中で沢山の書物を読みあさり心の処し方を理解し始めた頃でもありました。

 

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今日は会議をやるから早く帰ってこい

小さな会議室で全員と言っても所長含め6名だ。

今日はビデオを見ると言う。

これは丁度良い、睡眠時間を少し確保出来る。

 

とっ思った瞬間からビデオの内容に釘付けになった。

「てんびんの詩」である。何と言っても36年前に見せられたビデオです。

記憶では「鍋蓋売りの少年」と言うテーマだと思っていましたが4年ほど前に役者が新しく成って撮影し直したビデオを見る機会を与えられた。

30年経っても何時しかそのお話の中に引き込まれ涙を流している自分がいる。

そうなんだこれが商人の原点なんだ。

 

眠るどころか覚醒剤でも打たれたように気分がスッキリしていた。

何事にもへこたれない無限に売り続けるセールスサイボーグを作ろうとしている。

しかし売る側も買う側も心がある。そして世間で喜ばれる商売をしなければならない。

 

主人公の少年が鍋の蓋を売るまでのお話しだ。

近江の大店(おおだな)に生まれ何不自由なく育った大作(主人公)が小学校を卒業し、父親から鍋蓋を売ってくるように言いつけられる。

これが世襲する為の代々続く試練のテスト。

 

1本の棒の両端に商品の鍋蓋と弁当を入れて商いに向かうのだ。

これがてんびんの詩の題名になった。

初めは近所の知り合いのところを回るが父親から注意がされていて何処も全く取り合ってくれない。親戚はこれが跡継ぎの試練であることを知っている。

毎日毎日近隣のお宅を訪問するがどうしても買って貰えない。

その日々の中で富山の薬売りやいろいろな商人を見てその真似をする。

 

1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎた。全く買って貰うことが出来ない。
(新しいバージョンと昔のバージョンとちょっと話が違う。)

3ヶ月も経ったある日、隣のその隣の村まで足を運んだ。

 

そうすると小川が流れていてその水際に鍋やそのフタなどが汚れたままになっていて洗う人がいなかった。

その光景を見ていて

「こんなに一生懸命に売ろうとしても売れない鍋の蓋が急に愛しく思えて来て、
その汚れを綺麗にしてあげたくなった。」

おもむろに水辺まで降り、その鍋の蓋を洗い始める。

すると直ぐに持ち主の女性が現れ「ボン、何をしているんだ。」

ちょっと怒声気味に問い質した。

 

少年は涙を流しながら事の経緯を説明した。

何日も何日も売り歩いたが全く買って貰えず

今日は遠出をしてここまで来た。

 

そうしたら汚れている鍋蓋を見つけて急に涙が溢れて来た。

一生懸命売ろうとしてもなかなか売れない鍋蓋が汚れている光景を見て綺麗にしなくてはならないと思った。

 

体がついつい鍋蓋を洗いに川辺まで来てしまった。

その話を聞いた女性は「ボン、ちょっと待ってろ!」

と言い何処かに行ってしまった。

 

そうすると直に数人の村人を連れて来た。

来るやいなやあっという間に鍋蓋を全て買ってくれるではないか。

最初のお母さんが皆に説明をしてくれたらしい。

 

「ボン、今日は遅いしこれから夕飯を作るから食べてから帰れ。」

 

そして夕食をご馳走になりお風呂もいただき低調なおもてなしをして頂いた。

外は既に夜になっていて早く帰らないと母親が心配する。

 

お礼を何度も何度も述べて家路に向かう。

その少年の母親は毎日毎日心配で気付かれないように何時も少年の後を見守っていた。

この日もことの一部始終を見ていたのだ。

 

そして空になった天秤を見ながら涙で少年を抱きしめる。

「頑張ったな。辛かったな。良かった良かった!」

これで跡継ぎとして関門を突破したわけだ。

 

※現在、売られている『てんびんの詩』と少し内容が違うと思う。

鑑賞後の思い

 

最初にこの映画を見た時には営業マンとして自立が出来ていました。

しかしながら真心で販売していく商人の処し方は終生のテーマだと思う。

営業はお金の価値を超えたところで商品を買っていただく。

 

お客様を幸福にする使命がある。

ビジネスは心と心のコミュニケーションだ。

そんな思いだ今日まで来ています。

 

数々のドラマ(商売)を見て来ました。

そしてまた多くのセオリーを沢山のポケットに入れてあります。

どうかチャンスがありましたら、営業職でなくともご鑑賞下さいますようお勧めします。

 

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